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長野地方裁判所 昭和23年(行)11号 判決

原告

沖靜晨

被告

長野縣農地委員會

主文

原告の本訴は之を却下する。

訴訟費用は、原告の負擔とする。

請求の趣旨

被告が昭和二十三年六月二日原告の爲したる訴願を却下する旨の裁決は之を取消す、訴外本鄕村農地委員會が昭和二十二年三月五日樹立したる農地買收計畫より、長野縣東筑摩郡本鄕村字大三百七十九番一、畑一反六畝十二歩同所三百九十三番の二一、畑三畝二歩の農地を除外する、訴訟費用は被告の負擔とする。

事実

原告は、請求の原因として、原告は、元長野縣東筑摩郡東川手村に本籍を有したが昭和十三年十二月同郡本鄕村字大の前記本件農地を買受け同所を生活の本據として有蓄農業經營を爲さんと計畫し、同十四年六月二十七日には同地に分家の手續を爲し本籍を移轉したので爾來應召事務、兵事其の他一切の事務は本鄕村役場に於て實施され又原告は、當時軍隊に在つたので除隊を出願したが時恰も日支事變の酣の頃であつたから許可せられなかつたので引續き軍人として諸所を移動したが休暇の際は屡々同所に歸り、原告の妻又屡々同所に於て衣料等の配給を受けつゝ生活を爲し、昭和二十二年十月二十九日原告が復員後は同所に於て全般の配給を受け又選擧投票等もなして居たので原告が本鄕村に住所を有することは明白なのに、訴外本鄕村農地委員會は、昭和二十二年三月五日本件農地は不在地主の小作地として買收し、管理人たる原告の嚴父茨木孔三は昭和二十一年十一月死亡したとは言へ其の妻まつのが生存して居るのに買收の通知もせず、又買收令書は長野縣廳に保管し置き買收の公告はしたと言ふが當時原告は、應召中にして祖國と通信も不能なる滿洲に居つたので昭和二十二年十一月二十九日歸國して始めて其の事實を知つた譯である。

仍つて、同年十二月二十三日訴外本鄕村農地委員會に對し異議の申立を爲したが何の決定もしないので、同二十三年二月五日に被告に對し訴願したが是又容易に決定をしないのである。其の間と雖も原告は本鄕村農地委員並びに縣農地委員會長、縣農地課に歎願或は本件に關聯ある農林大臣の聲明書等を用い口頭又は書面を以つて交渉を重ねること實に數十囘に及んだが取消の誠意の認むべきものがない許りか徒らに遷延し遂には基本的人權の享有をも妨げられる虞れがあるので農林省に赴き研究を乞いたる結果「在村地主で一時耕作の場合なるを以つて買收を一時留保すべき問題なり」と解釋せられたのに拘らず斯る指令は受くべき筋合でないとして、取合はないので、據なく、右は昭和二十年八月十五日以前の召集軍人である原告の本件農地を其の留守中に買收してその財産權を侵害したのだから自作農創設特別措置法第四條第二項同法施行令第一條第三號並びに新憲法第十一條及び第二十九條に違反するので右訴願に對する裁決を待たないで同年三月四日に國を相手方として本件農地の買收決定の取消及び其の返還を求むる爲に本訴を提起したところ同年六月二日被告に於て訴願却下の裁決をしたので相手方並びに請求の趣旨を前記の如く變更した譯であると主張し、被告の抗辯事實を否認し、立證として甲第一乃至第十三號證を提出し、證人茨木まつの同沖今朝盛の喚問を求め乙第一、二號の成立を認め立證趣旨を否認した

被告指定代表者は、原告の請求は之を棄却するとの判決を求め、答辯として、訴訟上の點について、一、原告は、訴外本鄕村農地委員會が昭和二十二年三月四日本件農地の買收計畫を樹立し同月七日から同月十六日迄に縱覽に供したが其の間異議の申立も訴願もしなかつたので同月三十一日縣農地委員會の承認を受けて確定したるところこれに對し昭和二十三年二月二十八日に本訴を提起したので行政事件訴訟特例法第二條の規定により訴の提起が出來ないのみならず自作農創設特別措置法第四十七條の二の規定によるも訴提起の期間を經過して居る。二、原告は、昭和二十三年九月二十八日當事者の變更を爲し、同年十月十五日附準備書面を以て請求の趣旨を被告が同年六月二日爲した訴願却下の裁決の取消を求むることに變更して居るが、それは原告が本訴を提起した二月二十八日後である六月二日の處分の取消を求むるものであつて行政事件訴訟特例法第七條の規定による單なる當事者の變更ではなく新訴状の提出日附たる九月二十八日に新に訴を提起したものと見るべきでもしそうだとすれば訴提起の法定期間を經過して居るから孰れの點よりするも本訴は不適法と言ふべきであると抗辯し、次で本案につき原告の主張事實中、原告が本件農地を買受け昭和十四年六月東川手村より本鄕村に分家したる爲原告の應召事務、兵事其の他一切の事務を同村役場に於て取扱いたる事實、その當時より引續き昭和二十二年十月二十九日迄軍隊に在り諸所を移動し其の間原告及び其の妻等が本鄕村に歸り配給物資の受領又は選擧投票等を爲したる事實並に原告が歸國後初めて本件農地が買收され居ることを知りたる事實を各認め、除隊願出の點は不知其の餘の事實は否認すと述べ原告主張の自作農創設特別措置法第四條第二項及び同法施行令第一條第三號は農地の所有者で昭和二十年八月十五日以前の召集により其の所有する農地所在地の市町村の區域内に住所を有しなくなつた者は在村地主と看做すと言うのであつて原告の如く召集以前に於ても職業軍人として家族同伴の上滿洲其の他に居住し居り本件農地の所在地たる本鄕村の區域内に住所を有さない者は該當しないと主張し、立證として乙第一、二號證を提出し、證人村上康也の訊問を求め、甲號各證の成立を認めた。

當裁判所は職權を以て、證人羽場光の喚問を爲した。

理由

まづ本訴の適否について按ずるに、行政廳の違法な處分の取消又は變更を求める訴は、その處分に對し法令の規定により訴願、審査の請求、異議の申立その他行政廳に對する不服の申立のできる場合には、これに對する裁決、決定その他の處分を經た後でなければ、これを提起することが出來ない。但し、訴願の提起があつた日から三箇月を經過したとき、又は訴願の裁決を經ることにより著しい損害を生ずる虞のあるときその他正當な事由あるときは、訴願の裁決を經ないで訴を提起し得ることは行政事件訴訟特例法第二條の規定により又政府が不在地主の小作地その他一定の農地を買收するには、市町村農地委員會の定むる買收計畫によるべきで又その農地買收計畫に定められた農地につき所有權を有する者又は特定の小作農で當該計畫について異議があるときは市町村農地委員會に對して所定の縱覽期間内に限り異議を申し立てることが出來る。更に又右申立に對する決定に對して不服ある申立人は所定の期間内に都道府縣農地委員會に訴願し得ることは自作農創設特別措置法第七條の規定により極めて明瞭である。從つて原告が政府の農地買收に不服あるときは市町村農地委員會の樹立した農地買收計畫に對し異議の申立を爲しその決定に不服ある場合は、更に都道府縣農地委員會に訴願し其の裁決に不服ある場合始めて訴を提起し得る筈なのにそれ等の手續を經ずして爲したる本訴は前記特例法第二條本文の規定に照し被告抗辯の如く一應不適法の如く見られないこともないが、原告が永年軍人として内外地に勤務中本件農地を買收せられ昭和二十二年十一月二十九日復員歸國して始めて買收せられたることを知りたる事實は當事者の間に爭がない許りか辯論の全趣旨に徴すれば原告は爾來本鄕村農地委員、縣農地委員會長、農地部、農林省等關係行政廳に對し相當多數囘に亘り歎願又は交渉したが所期の目的を達し得られなかつた許りか訴外本鄕村農地委員會が未だ原告の異議に對し決定しない樣な状況にあるので本訴に及んだものと認められる。さすれば原告の本訴は唯それ丈の事實丈にて前記特例法第二條但書の其の他正當な事由があるときに該當するものと認め得べきを以て尠くともこの點に於ては適法して許容すべきものである。從つて唯訴を提起するについての通常の階段を履踐せざるの一事を以て直に不適法呼はりをする被告の抗辯は理由なしと謂はざるを得ない。しかし自作農創設特別措置法第四十七條の二には、この法律による行政廳の處分で違法なものゝ取消又は變更を求める訴は、昭和二十二年法律第七十五號第八條の規定に拘らず、當事者で其の處分のあつたことを知つた日から一箇月以内にこれを提起しなければならない。但し處分の日から二箇月を經過したときは、同條規定に拘らず、訴を提起することが出來ないと規定し又昭和二十二年法律第二百四十一號附則第七條には、この法律施行前即ち同年十二月二十六日前にした自作農創設特別措置法による行政廳の處分で違法なものゝ取消又は變更を求める訴は、この法律施行前にその處分のあつたことを知つた者にあつては、第四十七條の二第一項の規定に拘らず、この法律施行の日から一箇月以内に之を提起することが出來ると規定し居り又原告が、昭和二十二年十月二十九日復員して始めて本件農地の被買收の事實を知つたことは當事者間に爭がない、從つて原告は、同日以後にして同法施行の日たる同年十二月二十六日から一箇月以内は適法に訴を提起することが出來るのに、原告が本訴を提起したのは當廳の受付日附印によつて明かな如く同二十三年三月四日であるから訴の提起期間を經過することに既に一箇月餘であるので此の點に對する被告の抗辯は理由ありと謂うべきである。

從つて原告の本訴は憲法違反の點を始め其の餘の一切の爭點に對する判斷を爲す迄もなく不適法として却下し又訴訟費用は敗訴の當事者に於て負擔するのが法の立前であるから右の原告に負擔せしむべきものである。

仍て主支の如く判決をする。

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